見仏くらぶ-天部八部衆の一人「阿修羅像」

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こころで仏様を見る、仏像鑑賞。

 こころの安らぎをもとめて、お寺めぐりをはじめました。
古い寺院は、不思議なところです。 むかし修学旅行でいった時には、こんな感覚は気づきませんでした。










 

見仏-始まりは旧友の言葉から

  前回の見仏ツアー から何か、頭の中に残っていました。
次回のツアーについてのお誘いメールが来ました。
以下がそうです。
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ところで
また君を連れて見仏に行きたい。 今度は奈良東大寺の隣にある興福寺じゃ。 興福寺には皆さんおなじみの天部八部衆の一人 「阿修羅像」がおられるのじゃ。阿修羅といえば 古くからお釈迦さまの敵として、お釈迦さまをお守 りする帝釈天(こないだ君と法華堂で見た)と激し いバトルを繰り広げてきたが、ある日お釈迦さまの 説法を聞き、仏門に下り、その後お釈迦さまをお 守りする天部八部衆(てんぶはちぶしゅう)の一人 として、日々お釈迦さまを守護しているのじゃ。この 像は怒り狂う筋肉隆々の本来の阿修羅とは180度 違い、お釈迦さまのありがたい説法をありがたく聞 き入れて童心にかえったかのような穏やかな表情 をしておられるのじゃ。しかし左右の顔で常に左右 を警戒しておる。今は6本の手は何も持ってないが、 本来は正面の合掌している手以外の4本の手は、 月と太陽、弓と矢を持っておられて、お釈迦様に 「四六時中、あなたをお守りしていますよ」と無言の アピールをしておられるのじゃ。うーん、悪の根源 とも言うべき阿修羅さえ帰依させる、お釈迦様パワー。 私は数年前初めて興福寺でこの阿修羅と対面した 時、15分くらい体がぴたっと地面に張り付いて、 動けなくなったことを思い出す。何が私をこの像の 前から動けなくしたのか。2度目に逢ったときも目が 合った瞬間動けなくなってしまった。なぜか、判らな いまま「3度目の対決」に行きたくなってきてる自分 が怖い。いろんな人がこの像を「魅力的だ、子供の ような穏やかな顔をして好きだ。」と言っているが私 は違う。この像にはまだ怒りや悪が宿っていて、見 る人からいろんなやさしさ、穏やかさを吸い取って、 どんどん自分が穏やかな顔つきになっているのだと 思う。勝手な解釈だが。 一度君もこの阿修羅と対決に行くがいい。所詮私も 君も阿修羅に勝ち目はないが。なんせ1200年以上も、 みんなに呪われていながら生き続けている阿修羅と 80年くらいしか生きられない我々とは、最初から勝負 は見えているというもの。こんな優しい顔をした阿修羅が、 みんなに呪われている?これは興福寺のガイドさん(詳 しくは職員さん)に教えてもらったのだが、この6本の手の 肘には無数の釘や針が打ち込まれているそうな(X線 撮影でわかったそうです)。修復や製造過程で打ち込 まれたれたものでは、明らかではないそうで、誰かがこの 像に恐れを感じ、呪いをかけたのか。謎の多いこの像と もう一度対決に行かねば。 このように、仏像を深く掘り下げて見ていると面白みが ますというもの。 「うーんこれぞ癒し。」 「これぞ見仏の醍醐味。」
ではまた。
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 Eメールの添付は「阿修羅像」です。そこには、 か細い6本の手を持つ、あどけない少年のような顔をした仏像がありました。 それは、仏像とかをよく知らない私の記憶にある「阿修羅」という名前とは、 ぜんぜん違うイメージのものです。 何度見ても不思議な思いでいっぱいになってきます。





あきらめてはいけない。難しいことも世界一簡単にできるようになる。

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